追悼

すべてが避けようの無い運命だったとしたら、僕たちは受け入れるしかない。彼を奪い去った病魔を恨むより、今は彼と出会いともに過ごせたことに…それも一つの運命として、かけがえの無い日々に…心から感謝しようと思っている。
たとえば、葬儀の後で彼がコーチをしていた地元の少年サッカーチームの父兄から「子供たちに聞かせたいからLADYのCDをください」と言われたこと。悲しみの涙を流している僕たちを横目で見ながら彼はもう未来と繋がっているんだと思った。KARyらしいと…思った。そんなやつだった。
遺体となった彼の表情は少し微笑んでいた。遺影の彼は少し肩をすくめて、親指を立てて笑っていた。いつもそんなやつだった。控え室に集まったexドーレコのみんなに「お疲れ様!」と僕は言ったような気がする…泣くことに疲れていた…たぶんみんなも…。22歳だったということも、二人の弟がいたということも初めて知った。自分のことはあまり喋らないやつだったから僕はそんなことも知らなかった。ごめんね。
ほんとに彼を失ったことに気がついたのは葬儀の日に偶然企画されていたクアトロのライブでharucaが持ち込んだ喪章をつけたKARyのベースを見たとき。機材置き場にスタンドに立てられてポツンと置いてあった。思わず「持ち主」を探していた。涙がとまらなかった。仕事にならなかった。
この何日間のあいだにLADYのCDを聞いてくれたFANや関係者から何通もメールを戴きました。LADYのCDの主成分は「優しさ」でしょう。歌詞でいじけて見せてもそこにはKARyがいるから。音楽要素としてのベースだけじゃあなかった。
レコーディングやツアーなど語りつくせない日々を胸に彼は逝った。僕たちはKARyと出会えた運命を(彼を失った悲しみ以上に)胸に焼き付けようと思う。彼の後に続く若いミュージシャンが未来に迷ったとき、KARyのことを胸に話そうと思う。目先のことに迷うよりも、今の自分を一生懸命に生き抜くこと…いまそこにやるべきことがあるならそれを淡々と喜びを持って全面的にやること。KARyがそうしたように…それが繋がり合い、悲しみや絶望さえも越えていける感動になって残るんだからと…。
FANの人達にも伝えたいと思う。あなたたちがLADYを愛したことは間違ってなかった。LADYを好きだった自分に自信を持っていいよ。KARyを失った運命を恨むより、KARyと出会えた運命に感謝してほしい。遠くにいて悲しんでくれる人達も繋がりあえたことへの優しい喜びに気持ちを切り替えてLADYを聞いてください。
4月2日はLADYが出演します。KARyのベースも出演します。思い切り楽しい時間をすごしましょう。何でもアリで…。
                                

 

ブラウザのボタンで戻って下さい